広島市民にとっては万感の思いであっただろう。
父は10歳のときに原爆に遭っている。家が焼けて泣きながら街を歩いて逃げたそうだ。街は地獄のようだったろう。その時の不安と恐ろしさがわかるような気がする。この話も間接的に聞いただけで、原爆手帳も見せてもらったことがない。ただ一度、天皇には戦争責任があると思う、とポツリと言ったことがあった。
私が結婚するときに双方の両親を呼んで私の家で会食をしたことがあった。なぜか父が広島で原爆に遭った話をした。妻の父が後に言っていたが、将来私たちの子どもが障害を持って生まれてくるのではないかと、血の気が引いたそうだ。
今日はあくまでもスタートに過ぎない、という大統領の言葉を信じたい。