転載 令和八年五月




椎名誠 旅する文学館
 作家の椎名誠先生が利用されてるツイッター(現X)。

インドと失恋
2026年4月10日 14:45
初めての海外旅行は27歳のとき、インドだった。
なぜインドだったのか。椎名誠『わしもインドで考えた』を読んで興味を持ち、マザー・テレサのカルカッタ(現コルカタ)での奉仕活動に憧れを抱いた。
というのは副次的なことだ。実は当時付き合っていた女性にプロポーズしようと思っていたが勇気がないのでインドに行って自信をつけてプロポーズしようと思っていたからなのだ。

インドに行ったら自信がつくのか?当時はそう考えていた。旅行の三週間前のこと、彼女に電話をしたが、なんだか上の空である。挙句には「もう切っていい?」と言う。次に電話すると「職場の人と結婚することにした」。

こうしてインド旅行は傷心旅行となったのである。当時関空は開港してなかったので伊丹空港から成田空港まで行った。生まれて初めての飛行機搭乗だ。前々日にアメリカ人の友人が僕のアパートに泊まりたいとやって来たので、早朝ではあったが伊丹空港まで見送ってもらった。いろいろと心細かったのだ。

8日間でカルカッタとニューデリーとバラナシを廻った。下痢と発熱に苦しんだ。おまけにあちこちでボラれた。列車は4、5時間遅れる。物乞いはつきまとう。駅で子どもにお金を渡すと水道水を入れたペットボトルを買え、と集まってくる。人人人人、牛。

なんでインドなんかに来たんだろうと後悔した。
もう二度と来るもんかと思った。帰りの飛行機で隣りの男性に話しかけられた。

「初めての海外がインドですか。あなたはこれから何度もアジアに行くことになると思いますよ」

まさか、馬鹿げてる。

成田空港に着いたら違和感を感じた。なぜ日本はこんなに清潔で日本人はきっちりとしているのか。

あれから40年近く。インドには行ってないが、リーマンパッカーとしてアジアに取り憑かれたように旅立った。

今、中三の娘が「インドに行きたい」と言っている。地獄のような失恋の痛手は10年ほど続いたが、タイムマシンで当時の僕に「将来あんたの娘がインドに行きたいって言うよ」と言ったらどんな顔をするだろう。
管理人マーキュリーマークからの伝言

明日の事は、誰にも分かりません。娘さんの高校入学祝になるのだろうか?ドリアン長野は来年こと令和九年に親子でインドを旅行するのかな?タイムマシンは存在してないので確認しようがないです。もしかしたら、私が今年のサウジアラビア旅行記が最終回としたのは早計で間違いであったやもしれません。


子どもたちへ

2026年5月1日 12:49
ななかのバプテスマ会でたくさんのメッセージカードをいただきました。
ひとつひとつ読ませていただきました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
その中に
「これからもお父さんとお母さんを助けてあげてね」
とありました。
その通りです。
子どもによって私たち夫婦は助けられてきました。子どもというのは親のようでもあり、子どもから学ぶことが多くあり、私たちは少しづつ成長してきました。

昨今は親が子どもを虐待し、あまつさえ殺してしまうという痛ましい事件を連日のように耳にします。子どものことを思うと胸が張り裂けそうになります。

19世紀の英国の詩人、エリザベス・バレット・ブラウニングにこういう詩があります。

「わたしはどれくらいあなたが好き?」

わたしはどれくらいあなたが好き? ちょっと考えてみる。
わたしの魂が届くかぎりの深さと広さと高さいっぱいに
あなたが好き。目に見えない生きる目的と
最高の幸せを手探りしながら、いつもあなたが好き。
毎日あたりまえに必要なものと
同じくらい好き。太陽やろうそくの光みたいに。
自由にあなたを求めてる。人が権利を求めるように。
嘘偽りなく好き。褒められるのが嫌いな人のように。
昔、悲しいことが嫌だったのと同じくらい好き。
こどもの頃神さまを信じてたのと同じくらい好き。
昔好きだった聖人さまと同じくらい好き。
こういう気持ちを思い出すくらい好き。わたしの命と
笑いと涙をみんな捧げたくなるくらいあなたが好き。そして、
できれば、死んだ後、もっとあなたを好きになりたい。

https://www.poets.org/poetsorg/poem/how-do-i-love-thee-sonnet-43

子どもは天使です。
子どもは親を成長させるために遣わされた天使です。

子どもを望んでもできない親、障害を持って生まれた子どもの親、子どもをなくされた親、本当に頭が下がります(このような言い方だけでは不充分だと重々承知しています)。

どうかどうか生まれてきた子どもたちが少しでも愛されますように。
管理人マーキュリーマークからの伝言

私に限っては、父方の伯父は幼くして死去したと聞いたのみならず母方の親戚に限っては未成年者の子供を残して死去する親御さんが三名おられます。私の外祖父は二回妻に先立たれました。叔母は小学生の時に父が死去したそうです。平成の時期に私が何度も会った従姉妹の旦那様は未成年の娘を残して死去。

世の中には恐ろしい危険人物もおりますが病魔も予想外の艱難辛苦を作り出す。社会不適合者がいて公共の敵へと変貌した前例はございます。我々は祝福を受ける機会はございます。しかし、軽視をしてる人々は多いです。悔い改めには制裁が関わってくるかどうかは問われるのか?我々には想像が不可能です。

父の兄は、生後八か月で死去したそうです。


子どもはいつだって親の応援団

2026年5月1日 21:49
現在中三の娘は帰宅すると学校であったことや、どこかで仕入れてきた知識を喋ってくる。

思春期になると、親が何を聞いても「別に」「フツー」としか言わないのが常らしいのだが、それを思うとわが家は助かっている。子どもの状況がよくわかるからだ。しかし夕刊や本を読んでいる時にいろいろと話しかけられると、正直うるさいなあと感じる。いや、こんな事を思うとバチが当たる。息子が全員スタンフォード大学に入学したというアグネス・チャンは彼らが幼い時に質問してきたら、待ってました!よくぞ質問してくれた、と一緒に調べたり考えたりしたというではないか。

僕は子育てに関して強い信念や一家言があるわけではないが、結婚する前から決めていたことが二つだけあった。

「勉強しろ、とは言わない」「子どもが◯◯したい、と言ったら否定しない」

「勉強しなさい」と言って素直に勉強する子どもがいるだろうか。もし、いたら感心するより不気味だなあと思ってしまう。それよりは親が手本を見せる方がはるかに効果があると思う。子どもが◯◯したい、と言ったら、親の価値観や経験則から否定したくなる気持ちはわかる。しかし頭から否定するのはどうだろうか。

鴻上尚史さんの『ほがらか人生相談』に俳優になりたいという大学生の息子を持つ父親の相談があった。彼は息子が人生を棒に振ることになることを心配し、反対している。

今まで劇団に入らず、自分で劇団を作ってきた著者は自らの体験を語った後、こう言う。

「息子さんが決めるのです。親が決めるのではありません。息子さんに言ってあげてください。大切なのは、自分の生き方に納得できるかどうかだと」

少し方向性は違うが、『マザーグースと三匹の子豚』に印象的なエピソードが書かれている。
ある日アメリカに住もうと決心した桐島洋子さん、三人の子どもたちにアメリカに行くからと宣言し、必要な物を詰めてきなさいと旅行トランクをひとつづつ渡し、何日に羽田に集合と言いわたす。
渡米の日まで原稿を書き溜めて出発日に羽田で落ち合い、トランクをあらためてみると、常識的な物しか入ってなかったのでホッとすると同時にガッカリもした、そうだ。
ヤマザキマリさんのお母さんはマリさんが14歳の時に一人でヨーロッパに行かせた。それが今のマリさんを形作っていることは間違いない。

「自立」に関して僕の好きな話がある。船木誠勝が中学卒業後にプロレスラーになるために青森から上京したいと言った。「プロレスはお前のやることじゃないからやめてくれ」と泣いて頼む母親に彼は言った。
「もし人生が二度あるなら、一度はお母さんの言う通りにします。でも一度しかないから僕の思うようにさせてください」と。

僕はよく娘を褒める。これは無理に褒めているのではなく、よく観察していれば子どもには絶対に良いところがあるはずだ。

アーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)の鬼コーチと呼ばれた井村雅代さんは生徒がスイミングを辞めたい、と言うと、「あんたの限界はあんたが決めるんやない、私が決める」と言ったそうだ。これだけ聞くとパワハラだと思われるが、彼女は一人一人の生徒を観察し、性格や資質をよく見極めていた。

子育ては親が育てられることだとはよく言われるが、本当にそう思う。妻は子どもが3歳くらいまでは「未熟な私たち親が成長するために神様が子どもを与えてくれたんだ」と言っていた。

『ビリギャル』のさやかさんは塾で坪井先生に勉強を教わるのだが、さやかさんのお母さんにこう聞く。
「お母さんはさやかさんがどんな時に一番嬉しく思いますか」
普通、試験でいい点を取ったとか、部活で活躍し
たとかだろう。お母さんはこう答えた。

「さやかが無事に学校から帰ってきた時です」

これを聞いた坪井先生は言う。

「お母さん、満点です。そう答えた人は初めてです」

親は子どもにあれもこれもと期待をかける。でも親は子どもが生きていればそれでいいのではないか。

僕は土曜日に教会で空手を教えている。まだ娘が小さい頃、自転車の前カゴに入れて教会に向かった。教会の手前にはかなりの坂道がある。ふうふう言いながら自転車をこぐ。娘が「パパ、がんばれ、がんばれ」と言う。
その時の空の青さとか風景をいまだに覚えている。

子どもはいつだって親の応援団だ。それは子どもではなく、親がそう感じるのだ。

「親思う心にまさる親心 けふの音づれ何ときくらん」
自分が親を思う気持ちよりも、親が子を思う心の方がはるかに深い。わたしの死を知った親はどれほど悲しむだろう。

吉田松陰が安政の大獄で処刑される直前、両親へ送った句である。
ある講演会で70歳代の男性が言ったことが忘れられない。

「親はいつになったら子どものことで安心するのでしょう。大学を卒業したら?結婚したら?子どもができたら?いいえ、違います。親という者は死ぬまで子どものことを心配し続けるのです」

管理人マーキュリーマークからの伝言
親御さんに感謝するのも重要ですが恩師にも感謝が必要ではないでしょうか?お子さんが行える範疇が親御さんが行えない範疇であったりします。私は高校時代に英語の実力を改善する機会を与えて下さった教師がいたのでカナダ一人旅を成し遂げ周囲の人々を驚愕させました。
無神経なのか勇敢なのかは不明。


三人組の東京と大阪

2026年5月3日 21:34
産経新聞 朝晴れエッセー
5月8日朝刊
当時交際していた女性と東京へ行き、プロポーズした。その後に有栖川宮記念公園を散歩しようと誘ってベンチに座り、サプライズで指輪を渡した。サイズは彼女の妹に内緒で聞いていた。彼女の驚いた後のうれしそうな顔。あれから15年後に妻と11歳の娘と東京に行き、その公園を散歩した。
「パパはこのベンチでママに指輪を渡してん」
「そんな話、聞きたくない。何でか分かる? 自分の立場に置き換えたら嫌やろ。もし、おじいちゃんがそんな話したら、パパも嫌やろ」
「嫌やないけど」
「パパは変わってるからや。普通の人やったら嫌やで」
「そんなもんかな」
その瞬間、不思議な感覚に包まれた。指輪を渡した15年後の同じ場所で娘にこんなことを言われるとは想像だにしなかった。人生は何が起こるかわからない。
先日、妻にがんが発見された。3人で一つのベッドに寝ているのだが、深夜に目を覚ましては「神様、どうか妻として母としての彼女をどうかわれわれから取り上げないでください」と祈った。
自宅の前の道路はなにわ筋線の工事をしている。新大阪駅と関西空港を結ぶ大工事だ。開通予定の8年後はこの辺りの様相も一変しているだろう。娘はその年に20歳になる。家族全員でその風景を見てみたい。人生は何が起こるかわからない。でも大丈夫、きっと大丈夫だ。仕事の行き帰りに工事を見るたび、自分に言い聞かせる。
管理人マーキュリーマークからの伝言

 世の中、厳しいです。がん患者に加害したので責任が問われた人はおります。嗜虐心を満たせないことに憤りを感じてる異常者はいて隔離される予備軍か?

2031年の春に開業する予定のなにわ筋線は注目されてます。新幹線の線路が近い静岡空港から旅客者が大阪に多くやってくるようになるのであろうか?

エリザベス・バレット・ブラウニング
「わたしはどれくらいあなたが好き?」

2026年5月8日 22:28
もうあれから7年経ちました。
ななかのバプテスマ会でたくさんのメッセージカードをいただきました。
ひとつひとつ読ませていただきました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
その中に
「これからもお父さんとお母さんを助けてあげてね」
とありました。
その通りです。
子どもによって私たち夫婦は助けられてきました。子どもというのは親のようでもあり、子どもから学ぶことが多くあり、私たちは少しづつ成長してきました。
昨今は親が子どもを虐待し、あまつさえ殺してしまうという痛ましい事件を連日のように耳にします。子どものことを思うと胸が張り裂けそうになります。
19世紀の英国の詩人、エリザベス・バレット・ブラウニングに「わたしはどれくらいあなたが好き?」という詩があります。
「わたしはどれくらいあなたが好き?」
わたしはどれくらいあなたが好き? ちょっと考えてみる。
わたしの魂が届くかぎりの深さと広さと高さいっぱいに
あなたが好き。目に見えない生きる目的と
最高の幸せを手探りしながら、いつもあなたが好き。
毎日あたりまえに必要なものと
同じくらい好き。太陽やろうそくの光みたいに。
自由にあなたを求めてる。人が権利を求めるように。
嘘偽りなく好き。褒められるのが嫌いな人のように。
昔、悲しいことが嫌だったのと同じくらい好き。
こどもの頃神さまを信じてたのと同じくらい好き。
昔好きだった聖人さまと同じくらい好き。
こういう気持ちを思い出すくらい好き。わたしの命と
笑いと涙をみんな捧げたくなるくらいあなたが好き。そして、
できれば、死んだ後、もっとあなたを好きになりたい。

子どもは天使です。
子どもは親を成長させるために遣わされた天使です。

子どもを望んでもできない親、障害を持って生まれた子どもの親、子どもをなくされた親、本当に頭が下がります(このような言い方だけでは不充分だと重々承知しています)。

どうかどうか生まれてきた子どもたちが少しでも愛されますように。

管理人マーキュリーマークからの伝言

 重複してるように思えたが敢て、投稿します。暖かい家庭の維持は時に大変です。社会情勢の激変による打撃は辛いです。軍事の領域による行動は不可避なのであろうか?恐ろしい時代に突入してます。過失行為をやらかし責任が問われた人は普通の子供だっただろうか?向上心を保有してるから改善されるか?

 転載について伝達します。月の初日から14日迄に一度は投稿したいと思ってます。14日から月末迄に一回は投稿したいと考えております。
 良き投稿が行われたなら可能な範囲で投稿する予定です。 但し、書評に関しては著作権が存在するので控えます。他の内容についても不適切と判断したら見送ります。 当方を注目するか否かは各自で判断願いたい。 

敬具 管理人 マーキュリーマーク
 

 回顧を兼ねた書評
 僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。
 当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
 行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
 インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、
 それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。
 アフリカは遠すぎて行けなかった。新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。
 香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
 バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットのプールで
 溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
 旅も好きだが、旅行記も好きだ。
 この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。
 何よりも文章がうまい。
 奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、
 一気に読め、感動的でさえある。
 朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。
 旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。


 管理人マーキュリーマークからの伝言
 上記は、ドリアン長野が令和二年に投稿した内容です。
 令和六年にドリアン長野は親子でケアンズ旅行。