『認知症の母』

(T_T)
認知症の母』
母が認知症になった。
施設には入れずに、自宅で介護を続けてきた。
ある日、家の庭に野良猫がやってきた。
母は猫を指差し、「あれは何だい?」と訪ねてきた。 
私は「あれは猫だよ。」と、少し冷たく答えた。
母は1分もしないうちに私に訪ねた。「あれは何だい?」 
「母さん。さっき言ったろ?あれは猫だよ。」私は少し
イライラしていた。
母はまたすぐに言った。「ねぇ、あれは何?」 
私は感情にまかせて母を怒鳴った。「母さん!何度も
言ってるだろ!あれは猫だよ!!分からないのかよ!!」
母は恐れるような眼で私を見つめ、それからは黙って
いた。
それからすぐに、私は母を施設に入れることにした。
母の荷物をまとめるために部屋を整理していると、
古いノートが何冊も出てきた。
内容はありふれたもので、『私が初めて〇〇をした。』
というようなことがほとんどであった。
私は大した感動をすることもなく1冊目を読み終えると、
次に一番新しい日記を手に取り、読み始めた。
6月3日 
もうすぐ4歳になる息子と公園に行くと、
1羽のハクセキレイが目の前に飛んできた。
息子は「あれは何て言う鳥?」と、
私に何回も何回も訊いてきた。
私はその度に「あれはセキレイって言うんだよ。」と、
言って息子を抱きしめた。
私をこんなに穏やかにしてくれるなんて。
この子が生まれてきてくれてよかった。 
ありがとう。
読み終わった私の目には涙があふれ、 
母のもとに駆け寄り、やさしく抱きしめながら
泣きじゃくった。
母はそんな私をただやさしく撫でていた。



 

 回顧を兼ねた書評
 僕の初海外旅行は26歳の時のインドだった。
 当時往復チケットは年末料金だったので30万した(泣)。
 行く前は椎名誠の「わしもインドで考えた」を熟読。
 インドでは尻の毛まで抜かれるほどぼったくられ、下痢と発熱で散々だったけど、
 それからはリーマンパッカーとして主にアジアをふらふら。
 アフリカは遠すぎて行けなかった。新婚旅行もバックパックでバンコクと香港へ。
 香港では雑居房のチョンキンマンションで二泊し、妻はぐったりしていた。
 バンコクでは安宿と高級ホテルと泊まり歩き、マリオットのプールで
 溺死しそうになったのは今ではいい思い出だ(嘘)。
 旅も好きだが、旅行記も好きだ。
 この本は主にアフリカ旅行のエッセイだが、面白い。
 何よりも文章がうまい。
 奥さんとのなりそめを綴った「追いかけてバルセロナ」なんか疾走感があり、
 一気に読め、感動的でさえある。
 朝の通勤の地下鉄で読んでたけど、日本にいながら気持ちはバックパッカー。
 旅の本もいいけど、また出かけたいなあ。


 管理人マーキュリーマークからの伝言
 上記は、ドリアン長野が令和二年に投稿した内容です。
 令和六年にドリアン長野は親子でケアンズ旅行。